川崎市の環境技術

臨海部の水環境と産業活動、人々の暮らし

川崎の臨海部は、以前、多摩川によって形成された遠浅の砂洲による豊富な魚介類の採取や海苔の養殖といった沿岸漁業が盛んでした。また、江戸期には池上幸豊らにより新田開発が進められ、明治中頃まで造成は続きましたが、その後、浅野総一郎らの民間や自治体による本格的な埋立事業により形成された土地に鉄鋼、石油などの企業が立地し、それらの発展と共に大きく変貌しました。

臨海部の埋立と沿岸漁業


新田と干潟が広がる海岸(明治末期)
「川崎港修築誌」

現在の川崎港
川崎市HP
明治末期以降の埋立及び工業化に伴い、1971年に海苔養殖の漁業権は放棄されました。埋立地の総面積は現在、約2150haに達し、これらの土地に工場が進出し、発展しました。

大師海苔の収穫(1950 年頃)
川崎港管理センター

海苔の天日干し(1955)
川崎港管理センター
東京湾川崎沖の貝捲き舟(1950年頃)川崎港管理センターアサリ、ハマグリ、アオヤギなどが採れました。

工業化による水環境の変化

川崎港の底質から工場排水等が原因の水銀を検出、それらは浚渫により除去されました。


扇島海水浴場(1940)
倉形泰造撮影

臨海部に工場が進出(1965)
川崎港管理センター

1973年10月5日、
神奈川新聞

水銀を含む
ヘドロの浚渫

市の取組

工場に対する濃度規制に加え、1979 年から総量規制を実施、近年、海域の水質汚濁指標のCOD(化学的酸素要求量)は暫減傾向にあります。


川崎市の発案で結成された東京湾岸自治体公害対策会議が東京湾の改善を目指して東京湾海上パレード実施(1990)

40年ぶりに復活した海岸で潮干狩り東扇島東公園人工海浜(2009)
川崎港COD濃度経年推移