【川崎市環境総合研究所職員コラム】大気汚染と新型コロナウィルスについての国際会議に出席して考えたこと

令和3年9月24日

国際連携・研究推進担当
吉田 哲郎

 

大気汚染は途上国では極めて深刻な問題

 コロナ禍による自粛生活が長引いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。私たちの環境業界でも、新型コロナウィルスと環境をテーマとする会議が花盛り(?)で、先日も大気汚染とコロナについての国際会議に出席してきました(オンライン会議ですが..)。大気汚染を長きにわたり克服してきた日本と比較して、大気汚染は、世界、特に途上国で年々悪化しており、非常に深刻な問題となっています。世界保健機構(WHO)によると、微小粒子状物質(PM2.5)について世界人口の約90%がWHOの基準に達していない汚染された大気中で暮らしており、大気汚染が原因で心臓疾患、肺がんや呼吸器疾患などにより年間約700万人が死亡しているということです *1。特にアジア・アフリカを中心とした低・中所得国は、大気汚染による死者の90%以上を占めています。アジア地域では急速な工業化が進み、交通量も増大していますので、効果的な対策を取らなければ、今後も大気汚染は悪化の一途をたどると考えられます。
 今回の会議の一番大きなテーマは、コロナの流行で世界の主要な地域がロックダウンされ、大気汚染の状況が改善した、しかしロックダウンはあくまで一時的な施策で継続できないので、コロナ収束後にクリーンな大気をいかに将来にわたりキープしていくのかということでした。川崎市の場合、コロナ自粛による大気汚染の改善は、多少あったと考えられるものの、世界各地で見られたような極端な汚染物質の減少は見られず、エコカーなどの普及により大気質はコロナ流行以前にも年々改善されてきたこともあり、自粛と大気汚染の改善の因果関係について明確な結論は出ていません。

モンゴルの事例

 アジア開発銀行(ADB)からは、モンゴルのウランバートル市の事例が紹介されました。ウランバートルの冬は長く厳しく、安価な石炭資源が豊富にあることもあり、市民が石炭を暖房として燃やすため、大量のばい煙が発生しているということでした。2018年には、WHOが定めたPM2.5の国際的な安全基準値(25μg/m3)の133倍の3,320μg/m3に達し、この10年で呼吸器感染症はほぼ3倍、肺炎は5歳未満児の死亡原因の第2位となっているということです *2。日本のPM2.5の全測定局の年平均値は、一般環境大気測定局(一般局)で9.8μg/m3、自動車排出ガス測定局(自排局)で10.4μg/m3であることを考えると、恐ろしいレベルで大気汚染が発生していることが分かります *3。また大気汚染がひどい地域では、コロナの重症化率、死亡率も高いということが様々な医学論文で指摘されています *4。
 日本では、PM2.5を始め、大気汚染の環境基準値を概ね達成していますが、大気が完全にクリーンで汚染されていないという訳ではありません。2019年は、微小粒子状物質(PM2.5)については、環境基準達成率は高く、一般局で98.7%、自排局で98.3%でしたが、光化学オキシダント(Ox)の環境基準達成率は、一般局で0.2%、自排局で0%であり、達成率は極めて低い水準です *5。

ウランバートルの大気汚染の様子(B Rentsendorj/Reuters)

大気汚染対策は気候変動対策にもなる

 大気汚染物質と二酸化炭素の排出源は同じ(石炭火力発電所や自動車など)であるため、大気汚染対策は、同時に気候変動対策にもなることが多いです。2020年に川崎市が採択した脱炭素戦略「かわさきカーボンゼロチャレンジ2050」で掲げられたような施策(再エネの利用拡大など)を首尾よく実現することが出来れば、二酸化炭素の排出減につながるだけでなく、大気汚染の改善にもつながります。例えば、私たちができる気候変動対策としてよくあげられる再エネ電力への切り替え、省エネ行動(電化製品のスイッチをこまめに切る、LED電球に変えるなど)や、移動する時は自家用車ではなく、なるべく徒歩、自転車、もしくは公共交通機関を使う、エコドライブを実践するといったことも、大気汚染対策になります。間接的には、資源ごみの分別をきちんと行う、地産地消のものをなるべく消費するなども大気汚染対策になります。

実現には程遠い経済発展と環境汚染のデカップリング

特に上述のモンゴルの事例を見れば明らかなように、経済発展と大気汚染(その他の環境汚染もそうですが)は未だトレードオフの関係にあると言わざるを得ません。モンゴルの寒さをしのぐには、貧困状態にある人々は、安い石炭に依存する他ありません。SDGsは、目標や指標間の相互関連について強調していますが、まさに貧困問題と大気汚染や健康被害は全て密接につながっていることが分かります。市民が経済的に豊かであれば、暖房なども安い石炭に頼らずに再エネ電力やよりクリーンな燃料を活用することも可能でしょう。これは大気汚染に限らず、私たちの研究所が実施している事業(インドネシアのチタルム川の水質浄化)などにも当てはまります。チタルム川流域では浄化槽や下水システムが未整備なところが多いですが、これも資金がふんだんにあれば、下水システムや浄化槽を設置し、川の水質の改善を図ることも可能です。
経済成長と環境負荷のデカップリング(切り離し)を実現することは、先進国でも難しい課題ですが、これからも先進国、途上国とで協力し、一体となって解決策を見つけていかなければならないでしょう。江戸時代の日本は廃棄物ゼロの社会であったなどと言われますが、そういった過去の社会の在り方なども参考にしつつ、新しい循環する経済の形を見つけていくことが今後のサステナブルな社会の実現の鍵を握るかと思います。


*1 WHO (2014) “7 million premature deaths annually linked to air pollution”
*2 UNICEF (2019)「モンゴル大気汚染報告書」
*3 環境省(2021)「令和元年度 大気汚染状況について」
*4 京都大学(2021)「大気汚染が新型コロナ感染症の発症、重症化をきたすメカニズムの一端を解明 -PM2.5が新 型コロナウイルスの細胞侵入口を拡大する-」
*5 環境省(2021)「令和元年度 大気汚染状況について」 


  •  なお、本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれたものであり、必ずしも当所の見解、意見等を示すものではありません。
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