【川崎市環境総合研究所職員コラム】気温変化と害虫(ナシヒメシンクイ)の発生に関する研究

令和4年2月10日 
国際連携・研究推進担当 
澤田 光彬 

 今回のコラムでは、川崎市で研究を行っている気温の変化とナシヒメシンクイの発生についての研究について紹介いたします。

気温変化と害虫(ナシヒメシンクイ)の発生に関する研究

1 はじめに

 現代世界において温暖化は深刻な問題であり、陸域と海上を合わせた世界平均地上気温は、1880年から2012年の期間に0.85℃上昇したと報告されている1)。川崎市気候変動レポート2)では川崎市北部では1985年から2019年において平均気温が1.92℃の上昇傾向があったと報告されている。
 川崎市は人口150万人を超え、市街化区域に居住する人口が市域の約9割を占める都市ではあるが、市内の2.18%が生産緑地となっており、かわさき農産物ブランドとして、様々な品目が生産されている。多摩川梨は現在中原区、高津区、宮前区、多摩区、麻生区の約30haで栽培され、川崎市農産物において最も生産量・作付面積が多い農作物である。
 ナシヒメシンクイは、ほぼ全世界の温帯域に分布するチョウ目ハマキガ科の昆虫であり、幼虫がナシ等の果実等を加害する。成虫は開帳10~15mm、全身暗灰色で、前翅は前縁に7対の白短線と、中央に淡色の横条の痕跡がある。幼虫の体は当初乳白色で、成長すると桃色を帯び、体長12mmに達する。3)
 本研究では2005年~2019年に川崎市麻生区・多摩区で観測された気温変化とナシヒメシンクイ発生量について報告する。また、多摩川梨生産者が抱えている気候変動に関する問題について報告する。

2 調査方法

(1) 気象観測データ
 川崎市環境総合研究所が観測した過去15年(2005年~2019年)の麻生区と多摩区の気温データを用いる。分析結果は、ナシヒメシンクイの生育期間に合わせるため、前年の11月から10月を1年間とした
(2) ナシヒメシンク発生量データ
 ナシヒメシンクイ発生量データは、多摩区、麻生区の計2か所において、川崎市農業技術支援センターが調査した過去15年(2005年4月1日~2019年10月31日)の誘殺データを使用する。なお、誘殺にはフェロモントラップを用いている。
(3) アンケート調査
 JAセレサ川崎協力の下、川崎市内の多摩川梨生産農家61名にアンケート調査を実施した。

3 調査結果

(1) 気温変化
 図1に2005年から2019年の麻生区における年平均気温の推移を示した。2016年の最平均気温が高く、次いで2018年、2013年であった。図2に2005年から2019年の多摩区における年平均気温を示した。2016年が最も平均気温が高く、次いで2004年、2007年であった。麻生区・多摩区ともに年平均気温は上昇傾向にあった。また、多摩区の平均気温は麻生区に比べ0.3度高いという結果になった。

図1 麻生区における年平均気温の推移
図2 多摩区における年平均気温の推移

(2) ナシヒメシンクイ量

 麻生区の年間発生数は横ばいであったのに対し、多摩区の年間発生数は2019年に向かうにつれ増加傾向にあった(図3,図4)。

図3 麻生区におけるナシヒメシンクイ発生消長推移
図4 多摩区におけるナシヒメシンクイ発生消長推移

(3) アンケート調査

 アンケート結果から、多摩川梨生産農家の50%がナシヒメシンクイの1年間の発生の増加を実感していた。気候変動については、96%というほぼすべての農家が感じており、そのうち84%の農家が多摩川梨の生産に影響があるという回答となった。具体的な影響として、害虫が増えた(44%)、収穫量が減った(34%)が挙げられた。その他の意見として、水浸状の組織が果皮近くや維管束の周辺に生じるみつ症の増加が挙げられた。味が良くなった(10%)や収穫量が増えた(5%)といった肯定的な意見もわずかにみられた。

図5 多摩川梨生産農家へのアンケート結果

4 まとめ

 麻生区・多摩区とも気温が上昇傾向にあり、多摩区においてはナシヒメシンクイの発生量が上昇傾向にあった。気温の上昇とともに、年間発生数のさらなる増加も起こり得る。また、それに伴う多摩川梨の生産量や質の低下も考えられる。多摩川梨生産農家もナシヒメシンクイの発生増加や気候変動の影響を感じていることから、今後もデータ採取や気候変動に対する対策が必要となってくる。

文献

1) 地球温暖化の現状
https://ondankataisaku.env.go.jp/coolchoice/ondanka/
2) 川崎市気候変動レポート2021
https://www.city.kawasaki.jp/300/cmsfiles/contents/0000075/75164/ClimateChangeReport2021.pdf
3)  ナシのナシヒメシンクイ –埼玉県
https://www.pref.saitama.lg.jp/documents/63415/38nashihimeshinkui.pdf
4) 桐谷圭治:日本産昆虫、ダニの発育零点と有効積算温度定数:第2版、農環研報31、P1-74(2012)