令和2年6月17日
事業推進課(国際連携・研究推進担当)
吉田 哲郎
コロナウィルスの影響で二酸化炭素は減少
日本国内のみならず、世界を震撼させている新型コロナウィルスは、日本では現時点(2020年6月)で収束の兆しを見せつつありますが、まだまだ予断を許さない状況です。感染者数が減ったとしても、失業や倒産などの社会への負のインパクトは今後ますます表面化してくるでしょう。こうした人命にかかわる非常事態において、後回しになってしまいがちなのが気候変動などの環境課題です。確かに、日に日に感染者数や死者の数が増えていている時に森林を守りましょう、ごみの分別、リサイクルをきちんとしましょうというムードには中々ならないかも知れません。ただコロナ禍の最中でも環境問題は消えてなくなるわけではなく、こうした非常事態においてこそ、SDGsで推奨されている統合的な視点が、重要になってきます。
世界のほとんどの社会で経済成長と環境負荷が連動しており、切り離されて(de-couple)いないため、新型コロナウィルスの流行により、2020年4月に経済活動が著しく停滞すると、2019年の温暖化ガス排出量と比べて17%減少しました。これは、過去最大の削減量になると言われています¹。温室効果ガスが減った事実だけ見れば、一見望ましいように見えますが、この状態はコロナ自粛によって実現したもので、持続可能(sustainable)ではない上に、私たちの日常の活動は制限され、貧困状態は悪化するという、SDGsを持ち出すまでもなく、全くもって望ましい状態ではありません。
- ¹ Le Quéré et al. (2020) ‘Temporary reduction in daily global CO2 emissions during the COVID-19 forced confinement’, Nature Climate Change
地球環境問題は命に係わる慢性疾患?
感染症の蔓延等と違い、地球環境問題と言われる気候変動や生物多様性の損失などは、地球規模で進行し、ペースも遅いため、私たちの日々の生活の中で負の影響が見えづらいという特徴があります。コロナウィルスの蔓延が急性の疾患であるとすれば、気候変動問題は、慢性疾患のようなものです。環境問題は直接命に関わらないので優先度は低いと考える方も多いかと思いますが、近年、熱中症による死亡者数は増加しています。1993年以前は平均60人前後であったものの、1994年以降は、平均500人前後まで増加しています。² 最も多かった2010年には、1,745人が死亡しており、コロナウィルスによる死亡者数が903名(2020年6月5日時点)を考えても非常に深刻なことが分かります。実際、川崎市だけを見ても1985年~2014年までの30年間に、年平均気温は、観測したすべての地点で上昇してます(川崎:約0.9℃/30年、中原:約1.6℃/30年、麻生:約1.5℃/30年)³。気候変動は、単なる環境問題で片付けられる問題ではなく、まさに命に係わる待ったなしの問題となっているのです。2015年には、死亡者数のうち、65歳以上の高齢者の割合が81%となっており、急増しています。
- ² 環境省「熱中症はどれくらい起こっているのか」https://www.wbgt.env.go.jp/pdf/manual/heatillness_manual_1-3.pdf
- ³ 川崎市(2016)「川崎市気候変動レポート」 http://www.city.kawasaki.jp/300/page/0000075164.html
ピンチをチャンスに
コロナウイルスの流行が収束し経済活動がコロナ流行前に近い形まで回復した場合、二酸化炭素排出を前年に比べて17%減で継続していくことはかなりの困難を伴うでしょう。気候変動対策やその他の環境課題解決において「新しい日常(new normal)」の在り方が極めて重要になります。ピンチはチャンスであるという意識をもって政府や地方自治体、民間企業、一般市民が持続可能性に直接貢献する「新しい日常」を作り出せるか否かが鍵となります。
環境的側面、特に脱炭素の視点から見て望ましい「新しい日常」とはどのようなものでしょうか。こうした問いを投げかけるときに、SDGsの視点を持つことは有用です。例えば多くの人がテレワークをすることによって、満員電車や長時間通勤は緩和されますし(SDG8 働きがいと経済成長)、車や飛行機での移動が減れば二酸化炭素の排出が減少します(SDG13 気候変動)。また多くの人は都心近くに住まなくてもいいと地方に引っ越してより住環境の良い地域で生活し、過疎化の地域が活性化されるかも知れません(SDG8働きがいと経済成長、SDG11 住み続けられるまちづくりを)。育児や介護などもフレキシブルに対応できるようになるでしょう(誰も取り残さない原則)。また意外な事実ですが、2020年4月の自殺者数は、コロナによる経済苦で自殺者が増えることが予想されていましたが、むしろ大幅な減少となったそうです。家にいる時間が増えること、会社での煩わしい人間関係から距離を置くことでストレスが軽減したという理由が考えられるそうです。この因果関係は今後の研究でより明らかになっていくでしょう。
中々変わらない日本のシステム
日本の社会は社会を根幹から揺るがすような大事件(東日本大震災など)がない限り、社会のシステムがなかなか変わらない傾向があります。クールビズによる夏場にネクタイをしない、ジャケットを着ないなどという簡単に取り組めて、理にかなったことでも、政府が音頭を取ってキャンペーンを打ち出さない限り、定着しないのです。日本の再エネの導入も、あれほど悲惨な東日本大震災があっても中々思うように進みません。これは既得権益を持つ人や企業、古い価値観が正しいと考える人たちが現状を維持しようと動きますので当然と言えば当然です。大きなピンチは大きなチャンスであるとは、大きな危機が、問題はあるが、中々変えられないシステムを一機に刷新するチャンスをもたらすということです。コロナウィルスがなければ、時差通勤やリモートワーク等なかなか広がらない取り組みも、一機に定着させる可能性があるのです。
0か100かのゼロサムではない
最初に述べたように、コロナウィルスに緊急で取り組まなければいけないからと言って、地球温暖化や他の環境問題の対策の手を緩めるのは得策ではありません。社会は、0か100かのゼロサムの議論では対応できません。SDGsが統合的なアプローチをと言っているのは、一つの課題だけを考えて解決を図ろうとするのではなく、まずは高いところから全体を俯瞰して、課題間の関係(トレードオフや相乗性(シナジー))を考慮しつつ取り組んでいきましょうということです。コロナウィルスは武漢の野生動物を扱っている市場で野生動物から人間に伝染したと言われています。コロナだけではなく、過去には鳥インフルエンザやSARSなども鳥、ジャコウネコ、こうもりなどの動物が発生源とされています。今後は、現在行われている工業型畜産なども含め、動物と人間との関係も安全とサステナビリティの観点から、再検討されることが必要でしょう。実は、気候変動と工業的畜産も深い関係があり、統合的な思考でものごとを見ると意外なつながりが見えてきます。
- なお、本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれたものであり、必ずしも当所の見解、意見等を示すものではありません。
- また、これまでに配信したコラムはこちらでご覧になれます。